令和元年度卒業式科長告辞

中等科卒業式告辞

 

                               学習院中・高等科科長         武市憲幸

 

 卒業生のみなさん、そして父母保証人の皆様、本日はご卒業おめでとうございます。

 本来であれば、ここに在校生の諸君や来賓の方々をお招きして式を挙行するはずでしたが、ご存知のように新型コロナウィルス感染拡大を防止するために、このように簡易化した形で行わざるを得ませんでした。学校によっては、卒業生と教員のみの式や、式そのものを中止するケースもあるようですが、われわれは、卒業生、保護者、教員で行うことを決断し、今日ここに式を挙行するに至りました。さまざまなご意見があるとは思いますが、学校生活を締めくくる大事な行事である卒業式をこのような形で行うことを何卒ご理解いただきたいと思います。

 私は本校に勤務して30年になりますが、その間このような形で卒業式が行われたのは2011年、東日本大震災の時でした。震災当日とそれに続く数日間の混乱は言うまでもありませんが、さらにその後の数週間、原子力発電所の成り行きの不安や流通網の混乱による物資不足などで世情が殺伐とした雰囲気に覆われていたことは現在でもありありと記憶に残っています。むろん当時の状況と比較して現在を云々するつもりはありません。しかし、こうした先行きの見えない不安な状況にあるからこそ、きわめてありきたりな言い方になってしまいますが、「他人への思いやり」を大切にして欲しいと願っています。かつての体験を教訓として活かすことはわれわれの務めであると考えます。そして、中等科で3年間を過ごしたみなさんならば、このありきたりではあるが、実践することが容易くはない、「他人への思いやり」を保ち続けることの大切さを分かってくれるだろうと信じています。

 さて、私は、科長を勤めることになって3年が経とうとしています。君たちが中等科に入学した年がその始まりの年にあたります。ですから科長としての最初の仕事は、君たちの入学式で訓辞を読むことでした。中等科の新入生として迎えた君たちが、今ここを旅立とうとしていることには、ひとしお感慨深いものがあります。

 君たちは中等科で3年間を過ごし、これから高校生としての生活が始まります。中等科も3年生にもなると、親や教員からあれこれ言われることを煩わしく思ったこともあるでしょう。ただし、その「煩わしさ」とは、君たちが親御さんや教員から「守られていた」ことの証でもあったのです。むろん高校生になって、こうしたことがすべてなくなるわけではありません。ただし、これからは、それを当たり前のものとして考えることはできません。みずからの頭で考え、判断しなければならない局面が増えてゆくのだと思います。進学した当初は、これまで禁止されていたことが許され、解放感を抱いて、浮かれることもあるかもしれません。しかし、「自由」をみずから使いこなすことの難しさを実感することこそが、本来の意味での「自由」を享受することの始まりなのです。

 私たちは、君たち一人一人の個性を大切にして、将来その個性を土台にして自分の人生を切り拓いてゆけるようになることを大切にしてきました。君たちも「OBと語る会」などでその姿に触れる機会があったと思いますが、私も卒業生に会う機会が多々あります。その時感じるのは、中・高等科でわれわれが目指している教育がちゃんとその土台になっているのだな、と身をもって感じられることです。卒業生たちが現在取り組んでいる仕事や活動を活き活きと語るその姿に、学生時代の姿が重なり、目白で蒔いた種がやがて芽を出し、花を咲かせたことを、一人の教員として、とても誇らしく、心強く感じるのです。みなさんも、本当に自分のやりたいことが将来見つけられるように、これから高校生になって、学校生活のさまざまな場面にその力を発揮してもらいたいと願っています。

 父母保証人の皆様、本日はおめでとうございます。私たち中等科の教職員一同、ご子息のご卒業を心からお祝い申し上げます。3年前の入学式の日から、「アッという間」だったと思う一方で、「こんなこともあった、あんなこともあった」という思いは尽きないのではないでしょうか。彼らはこの3年間で、さまざまなことを体験し、さまざまなことを学びました。そしてこの目白のキャンパスでわれわれと同じ時間を共有したことが、より良き成長の手助けになったとしたら、これほど喜ばしいことはありません。これから彼らは、高校に進学し、いよいよ自分自身の人生を切り拓くための準備期間を迎えることになります。これからの3年間が、それぞれの人生の「根っこ」の時期にあたると言っても過言ではないでしょう。私も経験がございますが、高校生の親としては、中学時代とは違い、直接手を出さずに見守る場面も増えてゆくのだと思います。もちろん「見守る」とは「放置する」ことではありません。ですから、これから日々、親として「見守る」ことの難しさを実感されることになると思います。ただしそれは、これからの人生を自分で歩んでゆくために、彼らにとって欠かせない通過点なのだと思います。どうか暖かく「見守って」いただきたいと思います。

 ご子息のご卒業を心よりお慶び申し上げます。

 以上をもちまして卒業式の告辞といたします。

ページトップへ